聖書が語る『人が”本当に”生きる』ということ
金知明牧師説教
ヨハネの福音書14章6節
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(新改訳2017)
イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。(共同訳2018)
λέγει αὐτῷ ⸀ὁ Ἰησοῦς·
legei auto o iesous
said to-him – Jesus
Ἐγώ εἰμι ἡ ὁδὸς
ego eimi e odos
I am the way
καὶ ἡ ἀλήθεια
kai e aletheia
and the truth
καὶ ἡ ζωή·
kai e zoe
and the life
οὐδεὶς ἔρχεται
oudeis erchetai
no-one comes
πρὸς τὸν πατέρα
pros ton patera
to the Father
εἰ μὴ διʼ ἐμοῦ
ei me di emou
except – through me.
W. Hall Harris III, The Lexham Greek-English Interlinear New Testament: SBL Edition (Bellingham, WA: Lexham Press, 2010)
要約
ヨハネの福音書14章6節に、イエス様はこう語られました。
「わたしが道であり、真理であり、命なのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」
私たちは「生きる」「命」を、健康や成功、充実した毎日として思い描きます。けれども、それらが揃っていても心が満たされない時があります。反対に、困難の中でも不思議と平安を失わない人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか。
聖書が語る「命」とは、神様とのつながりです。人は神様に造られ、神様と共に生きるように創られました。しかし自分中心に生きる中で、その関係は壊れ、不安や孤独を抱え、自分の力だけで人生を支えようとして疲れてしまいます。
そんな私たちを前に、イエス様は「頑張れ」と背中を押すだけではなく、「わたしが命だ」と招いてくださいます。枝が幹や根につながってこそ実を結ぶように、私たちも命の源である神様につながる時、慰めと希望が与えられます。しかもそれは、この地上だけで終わらない、神様と共に続く命です。
今日もイエス・キリストは、「わたしを通って父のみもとへ来なさい」と招いておられます。その招きを受け取り、神様と共に歩む一日となりますように。

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