どうして聖書が、なぜイエス様が、教会の何が大切なんだろう?
金知明牧師説教
ヨハネの福音書3章16節
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新改訳2017)
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(共同訳2018)
Οὕτως γὰρ ἠγάπησεν ὁ θεὸς τὸν κόσμον
Houtos gar egapesen o Theos ton kosmon
in-this-way for loved – God the world
ὥστε τὸν ⸀υἱὸν τὸν μονογενῆ ἔδωκεν,
hoste ton huion ton monogene edoken,
so-that his Son one-and-only he-gave
ἵνα πᾶς ὁ πιστεύων εἰς αὐτὸν
ina pas o pisteuon eis auton
in-order-that everyone – who-believes in Him
μὴ ἀπόληται ἀλλὰ ἔχῃ ζωὴν αἰώνιον.
me apoletai alla eche zoen aionion.
(will)-not perish will-have life eternal.
W. Hall Harris III, The Lexham Greek-English Interlinear New Testament: SBL Edition (Bellingham, WA: Lexham Press, 2010),
要約
私たちは、よい人になろうと努力しても、自分の力だけでは越えられない壁に出会うことがあります。聖書は、そんな私たちを神様が見捨てず、愛してくださっていると伝えています。
神様は、私たちのもとへイエス・キリストを遣わされました。イエス様は、弱さや痛みを抱える人のそばに立ち、私たちの罪と重荷を十字架で担ってくださいました。そして死に打ち勝って復活し、私たちに新しい希望を与えてくださいました。
「神は実にそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」
この愛は、私たちを一人ぼっちにはしません。教会は、互いの弱さを受けとめ、支え合う神様の家族です。聖書の言葉に耳を傾け、イエス様の愛を受け取り、今日も希望をもって歩んでいきましょう。

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