愛されているから生きて行ける
金知明牧師説教
コリント人への手紙第一3章7節
ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。(新改訳2017)
ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神なのです。(共同訳2018)
ὥστε
hoste
so-then
οὔτε ὁ φυτεύων ἐστίν τι
oute ho phyteuon estin ti
neither the one-who-plants is anything
οὔτε ὁ ποτίζων,
oute o potizon,
nor the one-who-waters,
ἀλλʼ ὁ αὐξάνων θεός.
all ho auxanon theos.
but – who-is-causing-(it)-to-grow God.
(Harris, W. Hall, III. The Lexham Greek-English Interlinear New Testament: SBL Edition. Bellingham, WA: Lexham Press, 2010.)
要約
今日も「自分がちゃんとできているか」で、自分や誰かの価値を量ってしまっていないでしょうか。
けれど聖書は語ります。「大切なのは、植える者でも、水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」
子どもは、言葉をまっすぐに受けとめます。だからこそ、大人の役割は、心をコントロールすることではなく、安心できる土台をつくることです。
「こうしなさい」より先に、「それでもあなたは大切だよ。愛されているよ。」この言葉が、子どもの心を支えます。
そしてこれは、子どもだけの話ではありません。私たち自身も、神の子どもとして、条件つきではなく、存在そのものを受け入れられて生きています。
全部を背負わなくていいのです。見えないところで働き、私たちを育ててくださる神に信頼して、今日も安心して歩んでいきましょう。

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