そのささげものは心からの献金?それともただの現金?
金知明牧師礼拝説教
コリント人への手紙第二9章7節
一人ひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。(新改訳2017)
各自、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。(共同訳2018)
ἕκαστος
Ekastos
Each one (should give)
καθὼς προῄρηται τῇ καρδίᾳ,
kathos proeretai te kardia
as he-has-decided in-his heart
μὴ ἐκ λύπης
me ek lypes
not out-of sorrow
ἢ ἐξ ἀνάγκης·
e ek anankes
or from compulsion
ἱλαρὸν γὰρ δότην
hilaron gar doten
a-cheerfull for giver
ἀγαπᾷ ὁ θεός.
agapa ho theos
loves – God.
(Harris, W. Hall, III. The Lexham Greek-English Interlinear New Testament: SBL Edition. Bellingham, WA: Lexham Press, 2010.)
要約
私たちは献金について、「いくら払えばよいか」と不安になりがちです。しかし聖書はこう語ります。「嫌々ながらでも、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださる」。献金は、神様の不足を補うためではありません。すでに多くを与えられている恵みに気づき、感謝と喜びをもって神様に応答することです。
金額の多い少ないではなく、心が大切です。無理や義務ではなく、神様の愛を思い出し、今日それぞれが心に決めた形で、喜びをもってささげていきましょう。

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