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風習や習慣をこえて、今、神様と生きる信仰

金知明牧師説教

聖書:ローマ人への手紙8章15節
あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。(新改訳2017)

あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、子としてくださる霊を受けたのです。この霊によって私たちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。(共同訳2018)

οὐ γὰρ ἐλάβετε πνεῦμα δουλείας
ou gar elabete pneuma douleias
not for to-recieve spirit slavery

πάλιν εἰς φόβον
palin eis phobon
again to fear

ἀλλὰ ἐλάβετε πνεῦμα υἱοθεσίας
alla elabete pneuma huiothesias
but to-recieve Spirit adoption

ἐν ᾧ κράζομεν· αββα ὁ πατήρ
en ho krazomen abba o pater
by which to-cry-out Abba the Father

The Lexham Greek-English Interlinear New Testament (Bellingham, WA, 2008)

要約

新しい年を迎えました。皆さん、どんなお正月を過ごされたでしょうか。
沖縄では今でも「本年もよろしくお願いします」という正月のCMが流れますね。年々少なくなっていますが、ああいう風習には、人と人をつなぐ温かさがあります。

大掃除や年越しそば、お雑煮――こうした習慣は、私たちに季節や家族のつながりを思い出させてくれます。でも一方で、干支や占い、おみくじが、私たちの人生や祝福を決めるわけではありません。私たちの信仰の中心は、そこにはありません。

聖書は語ります。「あなたがたは、恐れに陥れる奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。」
神様は、形や外見ではなく、私たちの心をご覧になります。神様を迎える場所は、建物や飾りではなく、私たち自身の内側です。

信仰が「やらなければならない義務」になったとき、心は息苦しくなります。神様は、私たちを恐れで縛る方ではありません。愛の中で、「アバ、父」と呼びかける関係へと招いておられます。

2026年、この一年を、形式や義務に縛られる歩みではなく、今この瞬間も神様と共に生きる、喜びある関係の中で歩んでいきましょう。
神を愛し、人を愛する歩みへ、共に進んでいきましょう。

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