あなたの人生を刻む石、これまでの歩みとこれからの希望
金知明牧師説教
ヨシュア記4章21-24節
21,イスラエルの子らに言った。「後になって、あなたがたの子どもたちがその父たちに『この石はどういうものなのですか』と尋ねたときには、
22,あなたがたは子どもたちに『イスラエルは乾いた地面の上を歩いて、このヨルダン川を渡ったのだ』と知らせなさい。
23,あなたがたの神、主が、あなたがたが渡り終えるまで、あなたがたのためにヨルダン川の水を涸らしてくださったからだ。このことは、あなたがたの神、主が葦の海になさったこと、すなわち、私たちが渡り終えるまで、私たちのためにその海を涸らしてくださったのと同じである。
24,それは、地のあらゆる民が主の手が強いことを知るためであり、あなたがたがいつも、自分たちの神、主を恐れるためである。」(新改訳2017)
21, イスラエルの人々に言った。「将来、子どもたちが父親に、『これらの石は何ですか』と尋ねたなら、
22, 子どもたちにこう教えなさい。イスラエルは乾いたところを通って、このヨルダン川を渡った。
23, あなたがたの神、主は、あなたがたがヨルダン川を渡り終わるまで、その水を涸らしてくださった。それはちょうど、あなたがたの神、主が、私たちが葦の海を渡り終わるまで、その水を涸らしてくださったのと同じである。
24, それは、地のすべての民が主の手の力強さを知るためであり、またあなたがたが常に、あなたがたの神、主を畏れるためである。」(共同訳2018)
וַיֹּ֛אמֶר אֶל־בְּנֵ֥י יִשְׂרָאֵ֖ל לֵאמֹ֑ר אֲשֶׁר֩ יִשְׁאָל֨וּן בְּנֵיכֶ֤ם מָחָר֙ אֶת־אֲבוֹתָ֣ם לֵאמֹ֔ר מָ֖ה הָאֲבָנִ֥ים הָאֵֽלֶּה׃ וְהוֹדַעְתֶּ֖ם אֶת־בְּנֵיכֶ֣ם לֵאמֹ֑ר בַּיַּבָּשָׁה֙ עָבַ֣ר יִשְׂרָאֵ֔ל אֶת־הַיַּרְדֵּ֖ן הַזֶּֽה׃ אֲשֶׁר־הוֹבִישׁ֩ יְהוָ֨ה אֱלֹהֵיכֶ֜ם אֶת־מֵ֧י הַיַּרְדֵּ֛ן מִפְּנֵיכֶ֖ם עַֽד־עָבְרְכֶ֑ם כַּאֲשֶׁ֣ר עָשָׂה֩ יְהוָ֨ה אֱלֹהֵיכֶ֧ם לְיַם־ס֛וּף אֲשֶׁר־הוֹבִ֥ישׁ מִפָּנֵ֖ינוּ עַד־עָבְרֵֽנוּ׃ לְ֠מַעַן דַּ֜עַת כָּל־עַמֵּ֤י הָאָ֙רֶץ֙ אֶת־יַ֣ד יְהוָ֔ה כִּ֥י חֲזָקָ֖ה הִ֑יא לְמַ֧עַן יְרָאתֶ֛ם אֶת־יְהוָ֥ה אֱלֹהֵיכֶ֖ם כָּל־הַיָּמִֽים׃ ס
Merwe, Christo van der. The Lexham Hebrew-English Interlinear Bible. Bellingham, WA: Lexham Press, 2004.
要約
あなたの人生を刻む石――これまでの歩みとこれからの希望。
ヨシュア記4章で、神様はイスラエルの民に、ヨルダン川を渡れた恵みを忘れないために十二の石を取って記念とするよう命じられました。石そのものに力があるのではなく、「神様が共にいて導いてくださった」という事実を心に刻み、次の世代へ語り継ぐためのしるしでした。
私たちも忙しさの中で、助けられたことや守られてきたことを、いつの間にか当たり前にしてしまいます。だからこそ、人生の節目に立ち止まり、これまでの歩みを振り返ってみましょう。喜びも苦しみも、出会いも別れも、すべてが主の御手の中で私たちを形作ってきた「石」です。
神様は、ここまで導いてくださった方です。だからこれからも、必ず共に歩んでくださいます。今日も生きておられる主を信頼し、希望をもって新しい一歩を踏み出しましょう。

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