ベツレヘムの星とイエスの誕生
― 3〜2年BCの天文現象と 「ヘロデ大王1年BC没」年代に基づく一つの見方 ―
(以下のプレゼンテーションは学説紹介で「信仰告白」と混同されないよう予め申し上げます。)
Ⅰ. ベツレヘムの星とは何か
新約聖書の マタイによる福音書 2章には、イエスの誕生に際して「星」が重要な役割を果たしたことが記されています。
東方から来た博士たちは、ヘロデ王に向かって次のように語ります。
「私たちは東の方でその方の星を見たので、礼拝するために来ました。」(マタ2:2)
この星は、単なる夜空の美しい天体としてではなく、
「ユダヤ人の王」の誕生を知らせるしるし
博士たちをエルサレムへ、さらにベツレヘムへと導く導標
最後には「その子のいる場所の上にとどまった」と描写される存在
として語られています。
博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。(マタ2:9)
この記述は、
彗星や奇跡的な光といった単純な現象を想定するよりも、
当時の天文学的・象徴的理解を背景にした「意味を持つ天体現象」
として読む余地を残しています。
「私たちは東の方でその方の星を見たので、礼拝するために来ました。」(マタ2:2)
Ⅱ. なぜ年代が問題になるのか
イエス誕生の時はヘロデ大王の統治と死亡年代と密接に関係していることは既に「イエス・キリストはいつ生まれたのか?」で見てきました。
ここではヘロデ大王の死亡年代を紀元前1年ということを前提に話を進めていきます。
これに伴い、イエスの誕生を紀元前3〜2年頃と想定する立場をとります。
この前提に立つことで、当時の天文現象をより無理なく重ね合わせることが可能になります。
Ⅲ. 3〜2年BCの空に何が起こっていたか
― 木星とその動きに注目して ―
紀元前3〜2年頃の中東の夜空では、
王権と結びつけられていた 木星 を中心に、
注目すべき天文現象が連続して起こっていました。古代世界において木星は、
「王の星」
支配・統治・正義を象徴する星
として理解されていました。
バビロニア神話:マードック
ローマ神話:ジュピター
ギリシャ神話:ゼウス
木星とレグルスの三重合(紀元前3年)
紀元前3年、木星はしし座の一等星 レグルス(「王の星」)と
短期間に 三度 接近する現象を起こしました。
しし座は、旧約聖書において
「ユダのしし」(創49章)と結びつけられてきた星座です。
「王の星・木星」が
「王の星・レグルス」と
「ユダを象徴する星座」の中で繰り返し会合する――
この配置は、当時の占星術に通じた博士たちにとって、
「ユダヤの地における王の誕生」を告げる
きわめて強い象徴と理解された可能性があります。
木星と金星の大接近(紀元前2年6月)
さらに紀元前2年6月、
木星と金星は非常に近くまで接近し、
肉眼ではほとんど一つの明るい星のように見えたと考えられます。
金星はしばしば「母性」や「誕生」と結びつけられており、この出来事もまた、博士たちの関心を強く引いたと考えられます。
Ⅳ. 「星がとどまった」とは何を意味するのか
― 木星の逆行と「停止」 ―
マタイ2章9節には、次のような表現があります。
「彼らが見たその星は、彼らの先に進み、
ついにはその子のおられる場所の上にとどまった。」(マタイ2:9)
古代天文学では、
惑星が通常の運行を一時的に止め、
逆行に転じる地点を 「停止(stationary point)」 と呼びました。
天文学的計算によると、
紀元前2年から紀元前1年にかけて
12月25日前後の時期 に
木星は南の空で逆行に入り、
見かけ上「動かない」状態になります。
エルサレムから南へ、
ベツレヘムへ向かう旅路の中で、
南の空に輝く「王の星」が
一定期間、同じ位置にとどまって見える
この状況は、
「星がその場所の上にとどまった」という
マタイの表現と、驚くほどよく符合します。
Ⅴ. なぜ多くの人は気づかなかったのか
マタイの物語では、
博士たちの訪問にエルサレム中が驚きながらも、
ヘロデ自身は「星がいつ現れたのか」を
博士たちに問いただしています(マタ2:7)。
もしその星が、
誰の目にも明らかな異常現象
突発的で劇的な天変地異
であったなら、
王や民が知らなかったとは考えにくいでしょう。
しかし、木星や金星の会合や逆行は、
夜空に日常的に存在する天体の動きであり
その 象徴的意味は専門知識をもつ者にしか分からない
という性質を持っています。
そのため、
博士のような「知る人だけが理解できるしるし」
として受け取られていたとしても、不自然ではありません。
Ⅵ. 信仰と科学の対話として
ここまで紹介してきた内容は、
紀元前3〜2年の天文現象
木星の運行と逆行
ヘロデ1年BC没説
を組み合わせた 一つの解釈モデル です。
これは、
信仰を科学で「証明」しようとする試みではありません。
むしろ、
聖書本文を丁寧に読み
歴史と天の動きを重ね合わせることで
神が歴史と宇宙を通して
ご自身のご計画を示された可能性を、
より具体的に思い描く助け となるものです。
信仰の中心は、星そのものではなく、
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」
「インマヌエル ― 神は私たちと共におられる」
イエス・キリストです。
星は、あくまで
人々をキリストへと導く「しるし」 にすぎません。
夜空を見上げながら、
神が歴史と宇宙をも用いて
救い主を示しておられたことに思いを巡らせるとき、
私たちの信仰もまた、
より深く、豊かなものとされていくでしょう。
黙示録12章へ ― 天に現れた「もう一つのしるし」
ここまで私たちは、
マタイ2章に描かれた「ベツレヘムの星」を手がかりに、
紀元前3〜2年の天文現象と歴史年代との関係を見てきました。
しかし新約聖書には、
イエス・キリストの誕生を
別の角度から、しかも天上の視点から描いた箇所 がもう一つ存在します。
それが ヨハネの黙示録 12章です。
黙示録12章はしばしば
「終末の幻」や「未来予言」として読まれてきましたが、
近年では、
女・太陽・月・星という天体的イメージ
生まれる子(メシア)をめぐる描写
に注目し、
キリストの誕生を天上から象徴的に描いた章
として読み直す試みも行われています。
もしマタイ2章が、
博士たちの視点から見た「地上の出来事」を語っているとするなら、
黙示録12章は、
同じ出来事を「天の側」から描いた神学的ヴィジョン
と理解することも可能かもしれません。
次のセクションでは、
この黙示録12章の描写が、
ベツレヘムの星
乙女座・太陽・月の配置
キリスト誕生の時期
とどのように結びつけて理解されてきたのかを、
信仰と学問の対話として慎重に 見ていきます。
「大きなしるしが天に現れた。」(黙示録12:1)
この「天に現れたしるし」は、
星と同じく、
私たちの視線を キリストご自身へと向けるためのもの
なのかもしれません。